ネルソン提督記念館

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ネルソンを取り巻く人々、名字の50音順
言うまでも無いことですが、私の翻訳は間違ってる可能性もあるので‥‥(英語は不勉強)鵜呑みにしないでね。
参考にされたい方は自分で調べ直して下さいね。


Artist: John Singleton Copley

サー・エドワード・ベリー Sir Edward Berry(1768-1831)
 
●ナイル海戦時の旗艦艦長

1779年、バーフォード号(70門艦)に志願兵として海軍入り。
1796年、ネルソン艦長の海尉としてアガメムノン号に乗り組む。
1797年、セント・ヴィンセント岬沖の海戦ではネルソンと行動を共にし、サン・ホセ、サン・ニコラスを拿捕。
1798年にはネルソンの旗艦艦長としてヴァンガード号を任させる。海戦勝利後、勝利の報を届けるためにトンプソン艦長のリアンダー号(50門艦)に便乗するが、途中アブキール湾から逃走したジェネルー号(80門艦)と遭遇、交戦、しかしかなわずに降伏。自身も負傷。フランスの捕虜となるがその後の捕虜交換にて帰国。英雄として迎えられる。12月12日にはナイト位に叙勲される。
トラファルガー海戦では懐かしのアガメムノン号の艦長として戦う。
1831年2月13日、健康をくずしたことにより永眠。


Artist: A.Maurin

フランソワ・ポール・ブリューイ・デゲリエ Francois Paul Brueys D'Aigalliers(1753-1798)
 
●ナイル海戦時のフランス艦隊提督

1796年に海軍少将に任命され、イオニア島占領とコルフでの業績がナポレオンの目に留まる。
アブキール湾の海戦で旗艦オリアン号の爆発と共に戦死。
最終的なランクは海軍中将。

Comte de Brueys(ブリューイ伯爵)なので名前を呼ぶ時はド・ブリューイ提督、となるそうです。貴族階級の呼び名は難しい‥‥


Artist: Henry Howard
DATE:18th century

カスバート・コリンウッド(ロード・コリンウッド)
Cuthbert Collingwood(Lord Collingwood)(1750-1810)
 
●トラファルガー海戦時の副司令官、ネルソンの生涯の親友

ネルソンからは「親愛なるコル」と呼ばれていた。士官候補生時代から親交のあった生涯の親友。
トラファルガー海戦では少将として副司令官を勤め、ロイヤル・ソヴリン号(100門艦)に座乗。
ネルソン死後は地中海艦隊を任されるが、ついに本国の土を踏むこと無く、帰国の途上で亡くなる。


Artist: Johann Schmidt
DATE:1800

エマ・ハミルトン Lady Emma Hamilton(1761?-1815)
 
●ネルソンの愛人、心の友

本名エイミー・ライオン。その後、エミリー or エマ・ハートと名乗る。1780年、子供を出産、里子に出す。
いろいろな人を経て、1791年にサー・ウイリアム・ハミルトンと結婚。
1793年、ネルソンは始めてエマと顔を会わせて、好印象を持ったらしい。1798年ナイルの海戦後に立ち寄ったナポリで二人は親密に。その後ネルソンの愛人となり1801年ネルソンの娘ホレイシャを出産。ネルソンが生前「エマとホレイシャには英国ができる限り援助をして欲しい」と願っていたにもかかわらず、なんの恩恵も受けられなかった。
フランス、カレーにて没。

このパステル画は、ネルソンが艦にいつも持ち込んで大切にしていたお気に入り。Guardian Angelと呼んでいました。他の肖像画には無い貞淑さが描かれいているような気もします。


Artist: Domenico Pellegrini
DATE:Early 19th century

サー・トマス・マスターマン・ハーディ Sir Thomas Masterman Hardy(1769-1839)
 
●トラファルガー海戦時の旗艦艦長

ナイル海戦時にはブリッグ艦ミュータン号艦長から、ベリー艦長の後を継いでヴァンガード号の艦長となる。
トラファルガー海戦時にはネルソンの旗艦艦長。ネルソンとは親しく会話をし、信頼され、常に教示を受けていた。

1830年にFirst Sea Lord of the Admiraltyというランクに就きました。


Artist: William Beechey

サー・ジョン・ジャーヴィス Sir Jhon Jervis(1735-1823)
 
●ネルソンの上司

セント・ヴィンセント岬沖の海戦で勝利し、セント・ヴィンセント伯爵の称号を得る。
1801〜1805、海軍省大臣に就任。
ネルソンのためにいろいろ労を尽くしてくれた提督の一人。目をかけてあげたのに、妻以外の女に入れあげるネルソンには苦々しい思いをしていたらしく、後年はなにかとぎすぎすしていた模様。
エマのことに至っては「悪魔のような売女」呼ばわり。でもきついセンスとユーモアの持ち主だったのでその流れか‥‥?


Artist: Daniel Orme
DATE:1798

フランシス・ネルソン(旧姓ニズベット) Frances Nelson(Nisbet)(1761-1831)
 
●ネルソンの妻、愛称ファニー

1785年、未亡人だったフランシス・ニズベットとネルソンがネヴィス島で出会う。1787年結婚。
夫とエマとの不倫が発覚しても離婚は拒み続け、ネルソン夫人として押し通した。


Artist:Madame Vigee Lebrun

ホレイシァ・トンプソン Horatia Tompson(1801-1881)
 
●ネルソンの一人娘

ネルソンとエマの間に、ロンドン・ピカデリーの屋敷内(ウイリアム・ハミルトンが借りていた)で誕生。
親同士が正式に結婚していない為に、架空のトンプソン夫妻の娘ということにしていた。

ネルソンによれば、目の辺りがエマにそっくり、とのことですが残っている肖像画や写真を見るとネルソンにそっくりのように思えます。

1822年、Philip Wardと結婚。初めて生まれた息子にはHoratio Nelsonと命名した。